小さな透析のクリニックで看護師をしていました。看護師歴はその当時まだ5年程度でした。

入社した時の師長がクリニック内の備品を窃盗していた事を理由にクビになり、その後師長という事で入職してきたのが自衛隊上がりの40歳代後半の男の看護師でした。

彼はどちらかと言うと罵声を浴びせ、やや暴力を振いながら指導をするタイプの指導者でした。

彼の無理やりのやり方が合わず、注意で大きな声で怒鳴られている中身が全く理解出来ませんでした。

「当り前の事を当り前にしろ」と言うのが彼の口癖でした。

しかし、クリニックでしか経験の無い私たちにはその当り前がなかなか理解出来ませんでした。

制度の事や業務の事に関しては調べれば分かるのですが、それ以外の事や彼の望む上司と部下との関わり方に関しては直ぐには改善が出来ませんでした。

その度に仕事の手を止められては常勤が集められ説教が始めります。

仕事の一番忙しい時間帯を数人のスタッフは拘束されアルバイトさんばかりが働いている状況でした。

そんな状況ではアルバイトからクレームが来たり、患者さんから文句が出て当然でした。

上司、その他のスタッフ、患者さんからのクレーム、助手さんからの上司に対するクレームの対応に追われました。

そんな事が続けば離職を言い出すスタッフも続々と出てきました。

そうするとスタッフ不足が出てきて更に状況は悪化しました。

その頃から肩コリが酷く首が全く回らないようになりました。

その後、彼の性格に慣れ、クリニック自体が改善されると共に症状はマシになるまで半年間は肩コリが持続しました。

その様な心身症の症状は初めてでストレスからこの様になるとは知りませんでした。

瞼はぴくぴく痙攣し、食欲も低下しました。

当然クリニックには出勤したくなくなりましたが、彼が公休の時や業者対応でクリニック内にいない時には伸び伸びと仕事をする事が出来ました。

彼に慣れてきた半年後には院長先生が他のクリニックを買った事で状態は再度暗転しました。

スタッフが不足している状態で患者さんの人数が倍増したのです。

又、クリニック購入、リフォームにお金がかかると言う理由で給料が削減されました。

それらの事で又アルバイトスタッフが辞めていき仕事は多忙を極めました。

こんなに一生懸命働いていても院長先生はお金の心配ばかりでスタッフには何も還元してくれない事にすっかりやる気も失せ、この師長の元でずっと働かなくてはいけないのなら仕事を辞めてしまおうと考えました。

このただ、多忙の環境は私に何も利益を産まないと考え、師長に辞職を言いに行きました。

2.3回言いましたが、結局その訴えは飲まれませんでした。

そうこうしていると師長の嘘に気付いた院長先生が彼を首にしました。

師長がいなくなった事でストレスはかなり減りました。

それからは忙しいけども業務改善をしながら皆気分良く仕事をしています。

忙しいのは皆で乗り越えられるけど、嫌いなスタッフがいるとなかなか続ける事が出来ない物だと感じました。

その時私の離職は飲まれなくて本当に良かったと思っています。

しかし、私が今回の体験を通して思う事は嫌、耐えがたい環境で踏ん張る意味は殆ど無いと言う事です。

それが理由で体を壊してしまう位なら一層の事仕事を辞めてしまった方が体の為です。

自分自身ではまだ耐えられると思っていても体の症状は正直で現れてきます。

そのまま放置していてもストレスを取り除かなければ改善は難しいと思います。

半年後に院長先生がクリニックを購入した事で師長はあちこちに異動する様になりました。

新しいクリニックに興味を持ち、そちらばかりに気を取られていたので、鬼の様な罵声は少なくなりました。

彼の発散場所が分散されたと思います。

そうこうしている内に彼の首が噂されその内にいなくなると思うと心は軽くなりました。本当にその時は運が良かったと思います。

未だに彼と仕事をしていると想像するとぞっとします。間違いなく離職を選択します。

自分の体、心、人生が一番大切です。身を粉にする必要が本当に今必要か考えてみて下さい。