私は、大学卒業後に入社した会社で外勤営業職として勤務を始めました。

システムキッチンやシステムバスなどの住宅設備機器のメーカーで、工務店やハウスメーカーなどを回るルート営業でした。東京本社での採用でしたが、私が配属されたのは四国の愛媛の小さな営業所でした。

そこで私は、社会人としての洗礼を浴び、強いストレスを感じるようになりました。

建築業界は昔から長時間労働が習慣となっていましたが、コンプライアンス的な話で会社としては長時間労働をなくす為、21時になるとパソコンの電源が自動的に落ちるようになっておりました。

基本的には、21時には帰宅するようにする想定で作られたシステムでしたが、私のいた営業所ではそのようにはいきませんでした。

その営業所の所長はかなり厳しい上司で、パソコンが落ちた後でもパソコンが無くてもできる仕事を続けていました。もちろん上司が帰るまでは帰れる雰囲気では無く、所長が帰るまでは仕事が無くても何かしら作業を行って残るのが日課となっていました。

平均して22時から23時が帰宅時間でした。それだけならまだ良かったのですが、問題はまだありました。所長は頭に血が上りやすく、一度火がつくとなかなか治らないタイプでした。

週に何回かは怒りが爆発する時があり、大概パソコンが落ちた後に説教の時間が始まります。そうなると当事者でなくても説教を聞くことになり1時間以上も説教を受けることになります。

当事者であれば感じるストレスはかなりのものになりますが、当事者でなくでもそこそこのストレスを感じます。毎週毎週何かしらの説教を受け続ける毎日でした。

さらに、お酒の付き合いもかなりのもので週に2回ほどほぼ強制的に連れていかれ、会計はもちろん割り勘でした。

神経と体力を擦り切らし、得るものはストレスのみ。働けど働けど給料は飲み代に消えていき何の為に働いているのか分からない状態でした。

そんな生活が続き、体に異常が出るようにもなりました。毎朝の吐き気と血便、さらには不整脈になるようになりました。

不整脈に関しては投薬の必要があり薬にかなりのお金もかかるようになりました。このままではまずいとさすがに思うようになりなんとか状況を変えることを考えました。

まずは、お酒の付き合いを減らす為不整脈をうまく使い、所長に体調が悪いことで、アルコールを避けるように医者から言われてると説明して飲みに誘われない環境をつくることにしました。

この作戦は見事に的中し、そこからは飲みに誘われる事は無くなりました。説教タイムに関しても私が当事者で説教を受けることは心なしか減ったように思えました。

しかし、他の同僚への説教が無くなることはなく、長時間労働がなくなることもありませんでした。これでは、状況は変わらないし、体も良くはならないと思い、まだ入社2年ではありましたが退社することにしました。

退社することは、第三者目線で見ると逃げているように見えると思いますが、私は全てが逃げではないと思います。

日本には働く場所はたくさんあります。我慢してまで、体を壊してまで同じ会社にしがみつく必要はないと私は思います。

もちろん、自分が行動を起こすこと、自分自身の考え方を変えることで状況を少しでも変えることができるのであれば、その努力なしに会社を去ることはただ逃げている状態かもしれません。

しかしながら、会社という組織で働く以上、自分自身の力ではどうしようもない事は出てきます。どうしても乗り切れない時、解決できない時には我慢せずに次の道を探すことも解決策の一つではないのでしょうか。

一つしかない自分の心身を壊す前に決めた選択が退職という選択であればそれさ正しい選択であると私は言えると思います。