コールセンターのオペレーターをしていました。入社当時は、内容が多岐に渡っていたのと、オペレーションする分野が私の得意分野だったこともあり、研修や判定試験もストレート合格で順調でした。

ですが、管理職になりたての上司と相性が合わず、段々と軋轢が激しくなり、言葉足らずな管理者の言葉の暴力が悩みの種でした。

言葉の選び方が上手ではなく、ダメ出しが激しい、いつでも「後出しジャンケン」のため、こちらが泣き寝入りをするハメになっていました。

周りの管理者もフォローはするのですが、会社独特の流してしまう雰囲気が増長を止めることが出来なかったようです。ここで一発昔ながらの父親のような「バカもん!」という怒号があればここまでエスカレートすることは無かったと思います。

また、会社自体はキャリアアップのプランを何も用意しておらず、メンバー全員のモチベーションは深海魚の如く地を這っていました。

頑張っても頑張らなくても何も返ってこないなら、いっそのこと楽をしてしまおうと割り切って仕事をするのが通例であると密かに囁かれていたようです。

新たに評価制度などが始まっても、先述の管理者からの言葉の暴力を受けている人たちは、戦々恐々どころか0点でもいいですと言わんばかりの投げやりな姿勢になっている始末。

とても暗い影を落としていました。ゴールはおろか、一寸先も見えないマラソンをしていました。

ですが、まずは自力での解決を図ろうと思い、実行手段に出るのではなく、自分のスキル向上に着手しました。

先述の通り現場の空気はとても淀んでいましたが、がむしゃらにスキル向上と環境改善のため資料作成や効率化のシステム開発をし、独自で利用していました。

それでもサボりと管理者は見ていたようで、直近の管理職より更に上のGM(グループマネージャー)に相談をし、一旦の出来事の終息を図ろうとしました。

降格や左遷を希望していたのですが、再研修処分となり、降格に至りませんでした。そういう制度がなかったためです。これもまたこの会社の及第点の1つだと思います。

今までより少し周りが私と周囲の管理者に目を配るようになってからは、事態は一旦の解決を見ましたが、入りたてのころからの累積が積み重なり、体調が芳しくない日々が著しく続きました。

その後、産業カウンセラーや業務部との面談をし、業務遂行が無理と判断され、退職することとなりました。

もう少し仕事はしていたかったのですが、体が持ち直すことが出来無かったようです。一種の緊張状態から解かれたこともあり、安心し過ぎて色々とガタがきてしまいました。

家庭の事情など、止むに止まれぬ事情もあるとは思いますが、今は転職に関して躊躇しなくても良い時代になりました。

自分が「はたらく」という行為に何を求めるのかを一度しっかり考え、それを達成できる環境に身を移した方が良いです。

会社はたかが1人減った程度ですが、自分の身代わりはありません。体調が悪くなってもパーツを取り替えればどうにかなるわけではないです。何をするにも体が資本。適度にいじめ適度に休め鍛えれば実を結ぶ時が来ます。

割り切るのも手だと思います。その間に次の就職先に必要なスキルを頑張って勉強すれば良いのです。出来ない出来ないと言っているうちは恐らく何も成せないと思います。

出来る出来ないではなく、やるかやらないか、です。1回限りの人生、後悔無いようにするためにちょっと自分に圧をかけて、それでも得たい何かのために頑張るのも悪くはないと思います。

つまらないけど、給与をたくさんもらえる仕事がいいですか?給与は少ないけど、やり甲斐のある楽しい仕事がいいですか?人によって異なるでしょう。

正解はありません。正解は自分の胸に聞いてみて下さい。人それぞれ求めるモチベーションは異なるはずです。メリハリのある人生を楽しみましょう。