着物を着て女性らしく慎ましく動きながら、ご来館されたお客様をお淑やかで優雅にお迎えしてお世話をするイメ-ジは、宿泊施設の広告としての戦略の賜物であり、現実とはかけ離れたイメ-ジであることを、入社するまで知ることはありませんでした。

そのように、まずは素人の自分が描いた理想の勤務内容と現実との大きな差に苦しみました。

着物を着て働く女性は、言動や立ち振る舞いから古風な日本人女性の良い所ばかりを理想として、長年勤めている先輩仲居の働き方を学ぶ気で入社しました。

ですが、長く勤めている先輩仲居に限っていびり、陰口、暴言、差別、暴力など、着物をまとう女性像とはかけ離れた現実を目の当たりにして絶望し、すぐに辞めたい気持ちが芽生えました。

それに加えて、仲居の軽やかで慎ましいイメ-ジを掻き消す理由として、食事をお客様に提供する日本料理特有の特徴でもある陶器の配膳下膳が想像をはるかに超える肉体労働であるという点です。

早朝の朝食から夕食後にお客様が食べ終わるまで待たなければならないという忍耐力も必要で、当然多くの同僚が辞めていきました。

あまりにも社員不足で、仲居としての業務以外で人手が足りない時期は、休憩時間など無く奴隷のように汚れても構わない服装で館内や客室清掃員として使われます。

旅館業は、まさに昔の日本の格差社会に拍車をかけた文化である点に気付かされ、日々耐える生活が永遠と続くのです。

とにかく長い仲居の勤務の拘束時間は、ある程度の月日が経過すると体力がついてきて慣れるのですが、先輩からの暴言や暴力に対してまともに関わっていると、体力さえ奪われてしまいます。

何のために辛い思いをして今働かねばならないのか、この先輩のストレス発散の相手をすることが自分の仕事では無いんだ!という点を日々強く自分に言い聞かせ、自分を見下す先輩の体力には勝とうとする負けん気と、いかにして品の無い同僚の仲居とは違うのかを意識して、頑張っている自分を褒めて大切にしてあげることが最重要点です。

それを日常化することで、精神的な苦痛を減らし、過酷な環境でも辛さを軽減しながら頑張ろうとする強い意志を作り上げるのです。

それによって自分が変わってきたなと感じ始めるきっかけは、お客様から自分に対して褒めてくださったり、自分の対応中に楽しく過ごされているなと思えるようになることです。

自分の気持ちに余裕を持てるようになってからしかお客様へ上質なサ-ビスを提供することは不可能なのです。

自分が経験したことの無い職種への理想は、誰もが持っているものです。

理想が大きすぎると、現実との差に悩んでしまう原因になりますから、あくまで期待しないでおくことが大切です。

着物を一人前に着れるようになっただけでも儲けものだと思えるようになるまでには相当な時間がかかりますが、自分が選んだ仕事場に対しす理由を忘れないようにして当初の目的を達成すれば、物事にはいつか終わりがくることが認識できて気持ちが楽になれます。

ある程度の貯金が目的であるから住込みで仲居になった場合などは、貯金を貯めなくてはならない目的を毎日意識することで、自分の人生とは関係ない同僚達の嫌な部分を観なくて済むようになるのです。

千差万別に人生の過ごし方はあるわけですから、同じ職場の仲間に対して暴言でしか接することが出来ない年配者の存在など無視すれば良いのです。

自分が最初に描いた、仲居は慎ましく軽やかに美しくお客様をお迎えするという理想を頭の片隅に置いておくだけでも、自分が成ろうとする理想像が良いものになるのです。

人生を進んでいく主人公は、自分自身であることを忘れずに目標達成に向かって頑張れば大丈夫です。