私は20代の時、仕事で思い悩み辛い日々を過ごした時期がありました。そのことについてお話させていただきます。

私は専門学校に3年間通い、視能訓練士という国家資格を無事にとることができました。そして21歳の時、大きな有名な眼科に就職することができました。

なぜ有名な眼科を選んだかといいますと、若いうちに厳しい思いをした方が自分の実になると思ったからです。

想像通りと言うか、想像以上に厳しい世界でした。ただ、大きな眼科と言うこともあり同じ視能訓練士の先輩が多くいたのと、同期が4人いたので励ましながらがむしゃらに頑張っていました。

それから数年間は必死の思いで頑張ってきた結果、技術もだんだんと身につき自信もでてきました。

しかし、その頃ちょうど運悪く視能訓練士の中堅クラスの先輩方が皆辞めてしまい、50代の上司の下が28歳の私でそこから下に10人くらいいる状態になりました。

当然その上司からの私に対する期待は高く、すぐに主任に抜擢されました。

私自身はまだ主任になるのは早いと思っていましたが、状況が状況だったので引き受けないわけにはいかないと思い、主任になることを決意しました。

この主任という業務は想像以上に大変でした。

私はどちらかというと、気が強い方ではなくてあまり叱ったりするのは得意ではないのですが、上司からの指示で歳が1〜2歳しかかわらない後輩達を叱るように、指示するように言われました。

その結果、上司と後輩達との間で板挟み状態になる日々が続き、精神的に追い込まれて行きました。そしてついには眠れない状態や、食事が喉を通らない状態にまでなっていきました。

そのような状態を見かねた同僚が、自分が以前かかっていた心療内科の先生を紹介してくれました。小さな町医者の先生でしたが、親身になって話を聞いてくれる先生でした。

その心療内科の先生のおかげでだいぶん立ち直って来ましたが、上司の私の期待感はさらに大きく膨れ上がり、重圧もどんどん増していきました。

それを見かねた心療内科の先生がしばらく休職するようにすすめてくれましたので、診断書を書いてもらいしばらく休職させてもらいました。

しかし、復帰しても状況はますます悪くなるばかりでしたので、意を決して辞める旨を上司に伝えました。

辞めない様に上司や他の先生方からも説得されましたが、もう辞めるしか方法はないと思っていたので、意思を貫いて辞めることにしました。

辞めてから、3ヶ月ほどは就職活動もしませんでしたが、その間も視能訓練士の先輩方が良い就職先はないか探して下さったおかげで、その後無事に就職することができました。

新しく就職した病院は、以前の病院に比べると規模もとても小さくてスタッフも少ない職場でしたが、以前ほどの心労を抱えることもなく仕事ができているので、自分にはこのくらいの規模の病院の方が合っていると思いました。

このような思いで現在に至っていますが、今でもあの時辞めた決断は正解だったと思います。

親や年輩の人達からは良い就職先なんだから止めるのはよく考えてなどと言われてきましたが、自分がギリギリまで追い詰められたと思ったら、辞めても良いと思います。

自分が初めて就職したところが、世の中のすべてではありません。もちろん、ある程度の苦労や先輩方から怒られたりすることも必要だと思います。

しかし、自分に本当にあった仕事を20代前半の若者が正しく選べるとは思いません。そんなときには今の職場を辞め、働きやすい職場にかわることは悪いことではないと思います。

ただしそんな時でも、いやそんな時こそ相談できる周りの友達や仲間がいることはとても大切だと思います。

自分ひとりで思い悩まず、友達や仲間に思い切って話してみるのも大切なことだと思います。