仕事自体はとても好きでした。そのため、正確に言うなら仕事を辞めたいのではなく「会社を辞めたい」と思ったのです。

比較的趣味性の高い製品を商う会社で、子供の頃からあこがれていた会社。従業員数500名ほどなのではっきり言ってかなり狭き門でした。

しかしそこに見事入社することができ、今度は子供に夢を与える番だと張り切っていたのですが、最初の数年は期待通りとても楽しく仕事が出来て、これでお金をもらっていいのかと思うほど充実した日々を送っていました。

転機は突然やってきました。創業当時から会社に尽力されていた役員の一人が病気で急逝されたのです。私のような入社間もない平社員にも気さくに声をかけてくださり、とても尊敬できる人物でした。

その方への恩に報いるためにも、今後もがんばろうと思っていたのですが、実はその方を快く思っていない連中が存在していたことなど夢にも思いませんでした。

簡単に言ってしまえば同族会社であったため、外様であるその役員を一族は目の上のたんこぶのように考えていたのです。

役員クラスがすべて同族となったのをきっかけに会社はおかしな方向へ転がり落ちはじめました。

「若いやつでも意見があれば言いに来い。それが筋が通っている話なら会社として採用する」と、口癖のようにその役員はおっしゃっていたのですが、「文句があるなら辞めてよい。代わりはいくらでも居る」というまさに今で言うブラック企業的な考え方に変わってしまったのです。

当時はブラック企業などという言葉はありませんでしたが、今にして思えばまさにブラック企業のはしりだったと思います。

平社員でも会社に意見をすることが許され、その分平社員にもそれなりの責任とやりがいを提供していた会社は、一気に恐怖政治のような体質へと変化していきました。

当然製品開発にもそれは影響を及ぼし、あっという間に業績は悪化の一途をたどりましたが、ある製品が大当たりした影響で会社自体はかなりのお金を持っていたため、焦りを感じる役員は居なかったようです。

いつかは皆が目を覚まし、元通りの働き甲斐のある会社になると10年以上がんばりましたが、状況は悪くなるばかり。

一度道を踏み外してしまった会社という組織は、もう元通りにはなれないのでしょうか。

そんなある日のこと、出社前に髪形を整えているときに違和感を感じました。髪を掻き分けてみればそこには十円玉どころか五百円玉ほどの円形脱毛が。

「これはもうだめだ。精神力はまだ続きそうだが、体が悲鳴をあげている」。

その頃には精神を病んでしまい休業、もしくは退社という社員も増えていたこともあり、先のことは何も考えていないにもかかわらず、その日のうちに辞表を出し会社を辞めました。

10年間我慢し続けたのに決断はあっという間でした。

その会社に居て思ったことは「真面目な人ほど仕事で悩む」ということです。事実、その体制の変化にも見事に適応した者も多数居ました。

ただ、彼らに共通することは「給料がもらえればよい。自社の製品に対してのこだわりなど無用」という、本来増えてはいけない種類の社員でした。

確かにこだわりばかり強くても企業としては成り立ちませんが、そのような社員が大多数を占めてしまった場合顧客不在となり企業としては最悪の局面を迎えることになるのです。

「仕事は生活の手段」と割り切ることが出来るなら、それも1つの解決策です。その考え方だって間違いとは言い切れません。

でもそんな人たちは会社の体制にも、人間関係にも最初から悩んだりしないものです。

あなたが既に「悩んでいる」ならそれはどこまで我慢できるか時間の問題でしかありません。あなたのように真面目な人を求めている会社は必ずあります。

転職活動は大変かもしれませんが、出口の無いトンネルをさまよう苦労と比べたらずっと前向きな苦労です。どうか身体だけは壊さぬうちに、早めの決断をして下さい。