大卒後、私立高校の社会科教員として勤めて8年が経過したとき、急遽、系列の別の学校への異動が命ぜられました。

同じ学校に一定の年数勤務したら異動することが基本である公立の高校とは違い、私立高校は教員の異動はあまり多くありません。

一つの法人で複数の学校を経営している場合であってもです。

私の場合は、職員の年齢構成をならすための異動でしたが、勤務年数の長いベテラン教員から見てもかなり珍しいことのようでした。

私が異動したのは、系列の学校のなかでもとりわけ学力の低い生徒が集まり、地域の低学力の生徒の受け皿として機能している学校で、生徒も規律を守っているとは決して言えず、授業が成り立たないこともしばしばでした。

また、教員については、元気のある教員がたくさん必要だということで、若い教員が多く配置されていました。

元気なのはいいのですが、経験が少ない教員が多いため、当時30歳だった私が異動してすぐに学年の副主任をすることになりました。

こういう学校では、教員は個人プレーで生徒と接していてはうまくいきません。

学年ごと・係分掌ごとに教員がコミュニケーションを取りながら協力して生徒と接することが求められます。

難関大学を受験する生徒ばかりの進学校でずっと勤めてきた私は、異動した最初の年は戸惑うことばかりで、生徒との関係もそれまでのやり方ではうまくいかず、授業も生徒は寝るかしゃべっているばかりで、悩んでいました。

しかし、新しい学校での知り合いは一人もおらず、信頼して相談出来る相手がいませんでした。

私より若い先生方が多かったこともあり、私には気遣いばかりして、私が困っていることは承知しているが、アドバイスをしてくれるというような教員はいませんでした。

停学などを受ける生徒の数も私のクラスだけ軒並み多く、またクラスの成績は学年で断トツで私のクラスが低い状態で1学期末を迎え、学期末の会議で管理職から名指しで改善を求められた日の夜、自然と転職サイトを検索している自分がいました。

しかし教員というのはつぶしが利かない職業ですから、大卒後すぐに教員になり8年が経過していた私に、いまさら転職出来る口があるはずがありません。

何とかするしかありませんでした。

私はそれまで、自分が若手の下っ端だったこともあり、与えられた役目をとにかく一生懸命やる、ということだけを意識して授業をしたり生徒の相手をしてきましたが、このような状況になって初めて「私が教員として何を売りにできるか」「他の教員よりも私が優れているものは何か」ということを考えたように思います。

そうして、私に出来ること・出来ないこと、私なりのやり方というのが見えてきたのです。

体も大きくなく、力や威圧感などのイメージでは勝負できない私が取ったやりかたは、「とにかくきめ細かく指導すること」。

生徒もある程度大人だからとおろそかになりがちな電話連絡を密に行い、学校生活を見ていてちょっと様子がおかしいなと思えばすぐに面談を提案し、停学など特別指導の際には必ず家庭訪問をして・・・という風に、足で稼ぐ、時間で稼ぐ、手間暇で稼ぐというスタイルでやるしかありませんでした。

授業もノートやプリントを毎回集めてきめ細かくチェックしてコメントを付けたり、一つ一つの準備にもすごく時間をかけました。

他の教員より労力はかかりましたし、必死になってなにやってるんだと、他の先生方から皮肉られたこともありましたが、その分、生徒からの信頼は得られたと思います。

この業界、「勝てば官軍」とでも言いましょうか、生徒からの信頼が得られれば、保護者も他の教員も信頼して見てくれるものです。

異動後3年目くらいからは周りの先生方の目も変わり、ずいぶんと働きやすくなりました。

教員を辞めたいと考えている人へ、私がアドバイス出来ることはあまり多くはありませんが、まず辞めることを考える前に「自分が教員として売り物にできることは何か」を本気になって考えてみてはいかがでしょうか。

周りの先生がこうだからとか、あまり目立って変なことをすると出る杭は打たれるのではないかとかは気にしないで、とにかく自分にできることで他の人たちには負けないと思えることを考えることで、自分の場合は道が開けました。

「教員生活のピンチを迎えているのかも」と思うこともあるかも知れませんが、ピンチは考え方次第では、自分を大きく成長させられるチャンスに変えられます。

あとで振り返ったときに、笑って振り返ることができる日が絶対に来ますから、前向きに頑張ってください。