20代で入ったアパレルの世界は学生時代からの憧れでした。

最初からデザインに関われるわけではなく、会社に入社した当時は渋谷にある直営店の販売員でのスタートでしたが、数年販売を勤めた後は本社で企画の部署で企画、デザイン、仕入れなどが主な仕事になりました。

移った当時が丁度所属していたブランドが上り調子で、たまたまでしょうが発案した企画がズバズバ当ってヒット商品を連発できたものでした。

雑誌などの媒体での効果も大きく、売り上げが倍々ゲームのように伸びて行ったのもその直後でしたが、何処に行っても羨ましがられるほどチヤホヤされたものです。

お陰で会社からの評価も上々、ボーナスも他人より多く貰えて贅沢しようと思えばいくらでもできたのもその頃でしたね。

数名いた部署の企画仲間もみんな信頼しあっていい関係が続いていたので、働いていてたいして不満はなく、人間関係も含めて毎日充実していたのは今でも憶えています。

しばらく好調な時期が続いて都内の有名ブランドでも指折りの認知度ができた頃、なぜか急にデザインに対していろいろとネガティブに思う事が増えました。辞めたい気持ちが出てきたのもこの頃からです。

冷静に考えれば簡単なことでもあるのですが、売れる商品がたくさんあればあるほどデザインは無理ができなくなるものなのですね。

多くの消費者が買うことを前提にして作らなくてはならないわけですから、格好良いからとか、トレンドとして誰よりも早いからとかを理由に物作りをしてはいけなくなっていきます。

本当はもうダサイだろうと頭で思っていても、売れるから作り続けなければいけないジレンマ、大手の企画なら一度は感じることです。

また雑誌などの取材に応じると、そんな企画でも最先端のようなコメントを出さなければならなかったり、飽きていても褒めちぎったりしなければならないことがあり、段々と偽善的といいうか嘘を言わないといけない自分自身に自己嫌悪に陥りました。

それでも自分をごまかしながら企画を続けていましたが、ある年の海外出張で気持ちが変わりました。

イギリス、フランス、イタリアと仕入れる商材を探してハードスケジュールで移動、最後に新たなブランド発掘のためにベルギーに入りました。

今では珍しくなくなったベルギーのデザイナーブランドですが、当時はまだ認知されて間もない頃で、アントワープに行くと無名のブランドがまだまだたくさん発掘できました。

たまたま歩いていて見つけたのはまだ独立したばかりの新しいショップ、デザイナーとアシスタントが二人でお店も切り盛りしていて、お世辞にも人気があるとは言えなさそうでしたが、若い彼らが一生懸命デザインして世の中に認められようと頑張っている姿がとても印象的でした。

そしてまたそれは日本のような売り上げだけが重要視されるアパレルの世界を忘れさせてくれる新鮮な光景でした。

初心を思い出したというか、またイチから物作りに取組んでみたい、帰りの飛行機の中、窓から雲を眺めながらただそれだけを思っていました。

帰国してしばらくすると新しいシーズンに向けての企画会議、大きな展示会のテーマを決めるためです。私はベルギーで感じた創作意欲に正直に企画を出そうとしました。

結果は上司の反対に押され意見は却下、薄々自分でもわかっていたのですが、もうその時にはそのブランドでは自分のやりたいことができないのだろうと感じていました。

そのシーズンが終わると同時に辞表を提出しました。

周囲は引き止めてくれたり、説得しようとしてくれましたが、どうしてこの業界で働きたいと思ったかを思い出すと、やはりこのブランドではないのだろうと思いました。

少し予定より退社は遅まりましたが何とか円満退社、その後は一旦フリーランスのデザイナーとして働くことにしました。

でもあのブランドで学んだことはとても貴重な経験、無駄ではなかったといろんな局面で痛感しましたね。