CADオペレーターをしてて会社を辞めたいと思ったことがあります。CADオペレーターとして働いていた会社は住宅メーカーでした。

住宅メーカーの設計職を目指して入社したのですが、希望通りの職種には配属されず、CADオペレーターとして配属されることになりました。希望の職種ではなかったことから、自分自身の仕事に対するテンションも低めだったのかもしれません。

ここでのCADオペレーターの仕事には設計担当が描いたラフプランをお客様に提示すれために図面として起こすものでした。このオペレーターが描く図面は積算システムとほつながっており、いい加減な入力をすると数量に変化をきたすので正確な入力が要求されました。

また設計担当としては早くお客様に正式な図面を提出したいとで、出来るだけ早く図面が上がることを望んでいました。

言い換えれば設計担当からの締め切りと積算担当からの正確さを要求されるので、なかなかストレスのたまる仕事でした。それでも私は設計担当からの電話のやりとりが楽しく、設計担当は私のやりたい仕事だったので少しでも関係性が持てることにやりがいを感じていました。

ところがいつの頃から設計担当の連絡係をするマネージャーという自分自身よりも上に立つ役職が創設されました。この方達は私たちの図面が良いか悪いかを小姑のようにチェックして、私が外部の設計担当と話しをする機会を奪っていきました。

チェックすることは大事だとは思いますが、自分の責任で仕事を進めていくやりがいなかなかようなものを阻害された気持ちがして、いっきに仕事がつまらなくなりました。

また人員を増やしたため、それだけ多くの仕事をこなさなければいけなくなり、締め切りはさらに厳しいものとなりました。毎日夜の10時まで残業するような日々が続きました。

また私が何より辛かったのが、狭い空間でずっと同じメンバーで仕事をしなければいけないことでした。しかもCADオペレーターは女性が多く、女性同士のギスギスした軋轢も感じました。

風通しの良い、他の部署とコミニケーションが取れる職場なら人間関係がギクシャクしていても開放すべきところがあったと思うのですが、狭い空間で限られたメンバーで長時間仕事をすることは、神経をすり減らしました。

そのためとうとう体調を壊して病院へ行くこととなりました。心臓が時折痛くなり苦しくなりました。たくさん検査をしましたが、原因は分からず人間関係によるストレスが原因と診断されました。

そして1週間ほど休養して会社に戻ると、同僚はますます態度が冷たくなり、上司も休んだ私を責めました。私の机に大量に置かれた私の机を見たときが私が一番会社を辞めたかった瞬間です。今思い出してもとても腹が立ち、とても嫌なり気持ちになります。

今は仕事を辞めて違う仕事についていますが、私はその後もしばらく同じ部署で働いていたのです。その後も度々ひどい目にあいました。

今思うと本当にもっと早くあの仕事を辞めていればと思っています。

人間の一生は限られていて、時間を大切に楽しく過ごすことは何より大事だと思っています。お給料がすくなくなっても自分にとって楽しい、やりがいがあると思った仕事人間つく方が断然幸せです。

振り返るとその我慢して働いた期間は、少なからず私の寿命を縮めたのではと思うほどです。限られた時間を楽しく有意義に、誰か大切何より人のために、自分のために生きていくには、我慢するほど嫌な職場は早く辞めるべきだと思います。

自分の夢に繋がる仕事なら我慢してもいいかもしれません。

でも繋がらないと思ったなら辞めるべきだと私は思います。たった一度の大切な人生を、大切に一歩一歩前進出来る仕事を探すべきだと思います。